【遥か地平線の彼方へ】第一章(15)
第一章(15)
「おーそーいーっ」
「のわっ!」
思ったより少佐との昼食に時間がかかり、あわてて廊下を歩いていたミハエルに、死角から高い声が響いた。
「ミハエル~、こんな可愛いおにゃのこに待ちぼうけ食わせるなんて、どういうことかにゃ~?」
「姉さん、俺も昼食にそれ相応の時間がかかるわけで……」
「昼休みには来るって言ったじゃない?」
「ですからっ」
と、その後ろを、サラが真っ赤な顔で付き従う。
「まぁいいわ。……ミハエル愛しのサラ嬢をお連れしたんだからね」
「「え?」」
ミハエルとサラはお互い顔を見合わせる。
「いったいどこを縦読みすればそういう風になるんですか?」
「行間を読んだのかもね」
口をωの形にして、ローゼはニヤニヤしている。
「あ、あの……さっきはごめん……わたし、はしゃいじゃって……」
顔を真っ赤にしたままのサラは、もじもじと自分の手を見つめていた。
「いや、いいよ。俺も懐かしかったし……まぁ、ちょっとびっくりもしたけど」
「そうだよねー」
「それにしても……どうしてまたブロシャに?」
「え!?」
サラはあからさまに固まった。
「ど、どうした?」
「いや、……あ、そうか。そうだよね。言ってないもんね」
サラは下を向いて自問自答している。
「あのね、私が引き取られる時、どこへ行くって言ってなかったよね?」
「うん。『外国へ行く』とは聞いたけど……あ、そうか!」
幼心に「もう逢えない」の意味だと早合点したと、ミハエルは心苦しくなった。
「いやぁ、まっさかあのベルスのおじ様のところにいたとはねぇ」
「ベルスのおじ様?」
横でしきりに感心するローゼを、ミハエルは怪訝に思った。
「わたしの義父さん……ベルス公爵エマニュエル閣下と殿下が知り合いだったみたいなの」
「こら、サラちゃん。同級生なんだから『殿下』なんて呼ばないの。セクハラしちゃうぞー」
「姉さん、さり気なく爆弾発言しないでください……」
今にもサラの胸を揉む勢いだったローゼを制しつつ、ミハエルは頭の中を整理した。
「ということは……サラのお義父様がベルス公爵ってこと……?」
「うん」
「ベルス公って……ブロシャの国民議会議長の?」
プルーセンの隣国、ブロシャことブロサール共和国は東方に広大な領土を持つ国家である。今世紀はじめ、アクターニュ皇帝オルレアン一世の遠征により皇帝一家がカルヴァート連合王国に逃れてから、制限選挙による共和制を敷いて今に至る。
ベルス公爵はそのブロサール共和国の国民議会の議長を務めている。
「……なんだかすごいところに行っちゃったなぁ、サラ」
「そんなことないよぅ。……ミハエルだってコーツブルク家の育預じゃない」
「んもぅ、サラちゃんったら! あたしの妹にしてあげてもいいわよ」
「……姉さん。さてはもうサラを毒牙に……?」
「にゃんのこと?」
再び口をωの形にするローゼ。同時に苦笑するサラから察するに、ローゼの抱きつき癖は遺憾なく発揮されたようだった。
「まぁ、無事こうして会えたわけだし、良しとしますよ」
呆れながらもミハエルは「いつものこと」として処理することに決めたようだった。
「それにしても、どうしてひとつ上の学年へ? サラって俺よりひとつ年下じゃなかったっけ?」
「あ、それはね……わたし、もうアカデミーを卒業してるから……」
「え……ってことは、もう士官になってるの?」
「うん。今の階級は中尉ね。留学期間がどうしても、一年以上は無理だって言われて……それで、最終学年の試験受けたの」
「なるほどね」
ミハエルは大きく伸びをした。
「でも、中尉だったら普通、こっちの陸大受けると思うけど……」
「あ、それは……その……急成長してるプルーセンの士官教育は参考になるし……それに……」
赤くなりながら口ごもるサラ。
「陸軍剣術大会の優秀者名簿に、その……『予科生ミハエル・シュレーディンガー』ってあったから……」
「お熱いねぇ、お二人さん」
「ちょ!」
二人の間に、手を口に当ててニヤニヤする姉の姿があった。
「いえいえ~。こんなおばさん気にせずに、どんどんいちゃついてくださいな」
「ほ、本当におばさん口調になってどうするんですか、姉さん!」
「仮に『間違い』が起きてもあたしは『見なかったこと』にするからね~」
「「ま、間違い!?」」
思わず声が重なる二人。
お互いに視線を合わせてしまい、余計に顔から火が出そうになる。
「うにゃ……冗談にゃのに」
「……姉さんの場合洒落にならないんですって」
「じゃあ、ミハエル、サラちゃんもらっていい?」
「は!?」
「そう、そしてっ……『世界中のかぁいい子のハーレム』を作るのよ! あ、もちろんミハエルも入れてあげるから安心してちょ」
「……もういい加減突っ込むの諦めていいですか? あと俺を可愛い言うのやめてください」
「んもう! この間のお化粧にフリフリのお洋服……すっごく似合っ」
「あー! あー! あー! ダメです! ダメですって!!」
サラがいる手前、この姉に自分の思い出したくもない過去を暴露されそうになり、あわてて口を塞ぐミハエル。
「み、ミハエル……?」
「あ、サラ、今のは何も聞かなかったことにして、頼むから」
「あ……うん。だ、大丈夫よ。ミハエルがどんな趣味でも、わたし、差別しないから……」
「だから誤解だあああああ!」
こんなときにやけに鋭い幼馴染の推理力と、その元凶となった姉の暴走をこれほど恨んだことは初めてなミハエルであった。
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「おーそーいーっ」
「のわっ!」
思ったより少佐との昼食に時間がかかり、あわてて廊下を歩いていたミハエルに、死角から高い声が響いた。
「ミハエル~、こんな可愛いおにゃのこに待ちぼうけ食わせるなんて、どういうことかにゃ~?」
「姉さん、俺も昼食にそれ相応の時間がかかるわけで……」
「昼休みには来るって言ったじゃない?」
「ですからっ」
と、その後ろを、サラが真っ赤な顔で付き従う。
「まぁいいわ。……ミハエル愛しのサラ嬢をお連れしたんだからね」
「「え?」」
ミハエルとサラはお互い顔を見合わせる。
「いったいどこを縦読みすればそういう風になるんですか?」
「行間を読んだのかもね」
口をωの形にして、ローゼはニヤニヤしている。
「あ、あの……さっきはごめん……わたし、はしゃいじゃって……」
顔を真っ赤にしたままのサラは、もじもじと自分の手を見つめていた。
「いや、いいよ。俺も懐かしかったし……まぁ、ちょっとびっくりもしたけど」
「そうだよねー」
「それにしても……どうしてまたブロシャに?」
「え!?」
サラはあからさまに固まった。
「ど、どうした?」
「いや、……あ、そうか。そうだよね。言ってないもんね」
サラは下を向いて自問自答している。
「あのね、私が引き取られる時、どこへ行くって言ってなかったよね?」
「うん。『外国へ行く』とは聞いたけど……あ、そうか!」
幼心に「もう逢えない」の意味だと早合点したと、ミハエルは心苦しくなった。
「いやぁ、まっさかあのベルスのおじ様のところにいたとはねぇ」
「ベルスのおじ様?」
横でしきりに感心するローゼを、ミハエルは怪訝に思った。
「わたしの義父さん……ベルス公爵エマニュエル閣下と殿下が知り合いだったみたいなの」
「こら、サラちゃん。同級生なんだから『殿下』なんて呼ばないの。セクハラしちゃうぞー」
「姉さん、さり気なく爆弾発言しないでください……」
今にもサラの胸を揉む勢いだったローゼを制しつつ、ミハエルは頭の中を整理した。
「ということは……サラのお義父様がベルス公爵ってこと……?」
「うん」
「ベルス公って……ブロシャの国民議会議長の?」
プルーセンの隣国、ブロシャことブロサール共和国は東方に広大な領土を持つ国家である。今世紀はじめ、アクターニュ皇帝オルレアン一世の遠征により皇帝一家がカルヴァート連合王国に逃れてから、制限選挙による共和制を敷いて今に至る。
ベルス公爵はそのブロサール共和国の国民議会の議長を務めている。
「……なんだかすごいところに行っちゃったなぁ、サラ」
「そんなことないよぅ。……ミハエルだってコーツブルク家の育預じゃない」
「んもぅ、サラちゃんったら! あたしの妹にしてあげてもいいわよ」
「……姉さん。さてはもうサラを毒牙に……?」
「にゃんのこと?」
再び口をωの形にするローゼ。同時に苦笑するサラから察するに、ローゼの抱きつき癖は遺憾なく発揮されたようだった。
「まぁ、無事こうして会えたわけだし、良しとしますよ」
呆れながらもミハエルは「いつものこと」として処理することに決めたようだった。
「それにしても、どうしてひとつ上の学年へ? サラって俺よりひとつ年下じゃなかったっけ?」
「あ、それはね……わたし、もうアカデミーを卒業してるから……」
「え……ってことは、もう士官になってるの?」
「うん。今の階級は中尉ね。留学期間がどうしても、一年以上は無理だって言われて……それで、最終学年の試験受けたの」
「なるほどね」
ミハエルは大きく伸びをした。
「でも、中尉だったら普通、こっちの陸大受けると思うけど……」
「あ、それは……その……急成長してるプルーセンの士官教育は参考になるし……それに……」
赤くなりながら口ごもるサラ。
「陸軍剣術大会の優秀者名簿に、その……『予科生ミハエル・シュレーディンガー』ってあったから……」
「お熱いねぇ、お二人さん」
「ちょ!」
二人の間に、手を口に当ててニヤニヤする姉の姿があった。
「いえいえ~。こんなおばさん気にせずに、どんどんいちゃついてくださいな」
「ほ、本当におばさん口調になってどうするんですか、姉さん!」
「仮に『間違い』が起きてもあたしは『見なかったこと』にするからね~」
「「ま、間違い!?」」
思わず声が重なる二人。
お互いに視線を合わせてしまい、余計に顔から火が出そうになる。
「うにゃ……冗談にゃのに」
「……姉さんの場合洒落にならないんですって」
「じゃあ、ミハエル、サラちゃんもらっていい?」
「は!?」
「そう、そしてっ……『世界中のかぁいい子のハーレム』を作るのよ! あ、もちろんミハエルも入れてあげるから安心してちょ」
「……もういい加減突っ込むの諦めていいですか? あと俺を可愛い言うのやめてください」
「んもう! この間のお化粧にフリフリのお洋服……すっごく似合っ」
「あー! あー! あー! ダメです! ダメですって!!」
サラがいる手前、この姉に自分の思い出したくもない過去を暴露されそうになり、あわてて口を塞ぐミハエル。
「み、ミハエル……?」
「あ、サラ、今のは何も聞かなかったことにして、頼むから」
「あ……うん。だ、大丈夫よ。ミハエルがどんな趣味でも、わたし、差別しないから……」
「だから誤解だあああああ!」
こんなときにやけに鋭い幼馴染の推理力と、その元凶となった姉の暴走をこれほど恨んだことは初めてなミハエルであった。
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